日々の選択、日々の愚痴 あ~なんで?

過去、現在、未来の3つの時代の私の選択を考察していきます。

音源学習

私の通っているキリスト教会は、日曜日の礼拝メッセージを録音して、公式サイトに公開しています。私が用事があって礼拝に行けなかった時でも、あとから何度でも聴けるので、便利です。

気持ちがツラい時は、今まで何もせずにふとんに伏せていました。なんと勿体ない。その時間に音源を聞いていれば、色々学んで行動に移せたのに。

上に「聴ける」と書きましたが、実はこの表現は正確ではありません。部屋に音楽をかける感覚で聞き流しています。それでも、繰り返し聞けば心の琴線に触れるところが出てきます。

教会に所属している牧師のメッセージは、慣れているので、頭に入ってきやすい。でも、ゲスト牧師のメッセージは、すんなりと理解するのが難しい。だから、何度でも聞いてます。4chan管理人のひろゆきが、自分とタイプの違うTwitterユーザーの書き込みを読むようにしている、と著書に書いています。その行動を見習って、一見とっつきづらくわかりにくい音声をたくさん聞いています。私が分かりにくく感じるところこそ、私が身についていないところ、私が身につけるべきところですね。

文化庁国語審議会答申書「敬語の指針」

平成18年までの学校教育を受けている人は、敬語の種類は3種類で、尊敬語、謙譲語、丁寧語と習いました。平成19年から、謙譲語を謙譲語と丁重語に分けて、丁寧語を丁寧語と美化語に分ける分類を、学校教育で習うようになりました。

なぜ謙譲語を細かく分類したのか?例えば、

図書館に参る

図書館に伺う

という例文を考えてみます。参る、の方は、自分の行く行為をへりくだり、聞き手に敬意を表する表現です。これは、丁重語です。ところが、伺う、の方は、確かに自分をへりくだっているけれども、まるで、図書館に敬意を表しているように読めてしまいます。こっちは、謙譲語なのです。

このように、今までの敬語の分類では、参ると伺うはどちらも行くの謙譲語ですが、実は微妙に性質の異なる言葉なのです。

LINEのメリット

メールとは違って、相手がLINEメッセージを読むと、既読マークがつくところが便利です。メールでも開封確認メールを送る設定はできますが、面倒です。

会社ではチャットツールのSlackを導入して、相手がメッセージを読んでるか把握してますが、個人の利用なら、LINEで十分です。